研究内容

研究テーマ

総合的な生態系管理に向けて

近年,個別単一種の資源動態にもとづく従来型の資源管理を脱却し,種間・個体間の相互作用をも考慮した総合的な生態系管理へと移行するための有効なアプローチが求められるようになってきた.水圏では,基本的には「小さな個体を大きな個体が喰う」ことの連鎖によって生態系が成立し,その経路に沿って物質やエネルギーのフローが生じる.よって体サイズは,個体の生活史や生態系の動態を理解するための鍵となる軸である一方,水圏では非常に大きな変異性に富むという特徴がある.例えば,水圏に生息する脊椎動物で最小の種(魚)の成体の体重は約2 mg,最大のシロナガスクジラのそれは約100 tであり,両者の違いは1011倍に及ぶ.個体発生においても,クロマグロは約0.2 mgでふ化し,成魚は300 kg以上に達するので,成長にともなって109倍もの体重増加が生じる.以上の点に着眼して我々は,構成個体の体サイズを軸とする「サイズスケーリング」の視点から,個体レベル,個体群レベル,群集・生態系レベルの各過程で生じる現象を一貫して繋ぐことにより,水圏生態系の構造および動態にみられる法則性を理解し,持続的利用に役立てるための研究を行っている.

耳石解析に基づく魚類の回遊多型と生活史戦略の解明

アユ,サケ,サクラマスなどの通し回遊魚の生活史戦略と回遊型の多様性を明らかにするため,耳石(じせき)を用いた研究を展開している.耳石は内耳の中に形成される微小硬組織で,主に炭酸カルシウムからなる.ここには日周期や年周期に対応して同心円状の輪紋構造が形成され,また孵化・摂餌・変態・着底・回遊といった様々な生活史イベントに対応して,特徴的な微細構造が形成される.同時に耳石の成長にあわせて外界環境水中の微量元素が取り込まれるので,耳石の微細構造と微量元素分布を合わせて解析することで,個体の生活史履歴や環境履歴の再構築を行うことができる.こうした耳石の微量元素組成や同位体比の特徴を,走査型電子顕微鏡やX線マイクロプローブアナライザー,あるいは質量分析計を用いて明らかにし,魚類の生活史や生息環境を知る.耳石解析から得られたこれらの結果は,海洋生物資源の管理・保全策立案の科学的根拠として役立っている.

ウナギ属魚類の回遊生態とその進化過程の解明

ウナギ属魚類は,海で生まれ,川で成長した後,再び海へ戻って産卵する典型的な降河回遊魚である.海に戻って産卵しなければならない理由は,インドネシアのボルネオ島付近の深海魚が起源であるとする最近の分子系統学の解析結果に求めることができる.温帯の東アジアに生息しているニホンウナギは,フィリピン海東縁のマリアナ諸島沖で生まれ,その仔魚は海流に乗って約3,000キロメートルの大回遊を行う.これに対し,数種類のウナギが同所的に分布する熱帯では,多くの種が小規模な局地回遊を行っている.熱帯ウナギの小規模回遊が,どのようにして温帯ウナギの大回遊に進化してきたのか?ウナギ属魚類の回遊生態の多様性とその成立メカニズムを明らかにするため,研究船を用いてインド-太平洋を調査し,ウナギの生態と進化過程に関する研究を進めている.